奈良県観光局の依頼にて制作した、映像詩「大和四寺巡礼 1300年の神仏霊場 龍神の道を往く」(4K・約15分)がこの春に完成しました。

大和四寺とは、長谷寺・室生寺・岡寺・安倍文殊院から成る、奈良県中南部に位置する古刹の総称です。

副題のとおり、それぞれ1300年以上の歴史と由緒を誇る4つの寺院を、辰年に因んで「龍神の道」として紹介する作品です。

小映像詩は、奈良大和四寺巡礼の会のYoutubeチャンネルにてご鑑賞いただけますので、下記のリンクにて、ご高覧いただければ、幸いに存じます。

 

 

序章:三輪山の蛇神

奈良は、日本における龍神信仰の聖地です。古代の龍神は、農耕との関わりが深く、水神・雷神として捉えられてきたと言われ、その古い形は、三輪山信仰の蛇体の神の伝説に見られます。

『記紀神話』では、大国主神(おおくにぬしのかみ)の国造りの際、海の向こうからやってきた光り輝く神「大物主神(おおものぬしのかみ)」が現れ、御諸山(みもろやま・三輪山)に祀ったところ、国造りが成就したと記されます。その大物主神の化身が蛇体とされています。

三輪山を御神体として仰ぐ、三輪山麓の大神(おおみわ)神社は、日本で最も古い神社であり、その山頂では、鎮座する山の神を招く磐座祭祀(いわくらさいし)が行われたといわれます。

時代が下って中国の龍神信仰が浸透するにつれ、古来、蛇神が崇敬されていたものが、龍蛇神となって、龍と蛇は同一視されるようになりました。

 

夕陽を背景にした大神神社の大鳥居(奈良県桜井市)Photo by Miro Ito

 

龍神の道を往く:その一 長谷寺

大和川から分かれる巻向(まきむく)川と初瀬川(大和川上流)に挟まれた水郷には、三輪山の東に、巻向山や初瀬山(はつせやま)があります。

龍神の道は、三輪山からさらに北東の初瀬山へと続きます。

初瀬川(はせがわ・古名:泊瀬川)が渓谷をつくる初瀬山には、天武天皇の病気平癒を祈願して、銅板法華説相図(千仏多宝仏塔)が西の岡(本長谷寺)に安置され、686年に長谷寺が創建されたと、寺伝に記されます。727年には、聖武天皇の勅命によって、十一面観音像が造立されました。

古来、初瀬(泊瀬)の地主神は、瀧蔵神(たきくらのかみ・本地垂迹説における瀧蔵権現)とされ、長谷寺の北側の瀧蔵山の頂には、瀧蔵神社が建てられました。『長谷寺霊験記』(13世紀初頭の成立)には、長谷寺は、瀧蔵神から神領を得たと記されています。長谷寺境内には、その歴史を物語る、銅板葺・一間社春日造りの三社権現が置かれ、瀧蔵三社とも呼ばれています。

 

長谷寺 三社権現 向かって左から新宮(しんぐう)権現・瀧蔵権現・石蔵(いわくら)権現  Photo by Miro Ito

 

山の神・水の神である瀧蔵神とのつながりを辿ると、長谷寺本尊の十一面観音像は、龍神の化身といわれる背景が見えてきます。

本尊は、水瓶を持ち、神の依代(よりしろ)とされる、磐座のような大盤石(だいばんじゃく)の上に立つ「長谷寺式十一面観音菩薩」として知られています。

度重なる火災によって焼失した後、1538年に再建された現在の尊像は、像高三丈三尺六寸(1018.0cm)を誇る、国内最大級の木造観音立像です。

 

長谷寺本堂  本尊 十一面観音菩薩立像 重要文化財 室町時代   Photo by Miro Ito

 

左脇侍(本尊に向かって右)は、初瀬山を守護する雨宝童子で、天照大神が地上に下向した姿と言われます。

右脇侍(本尊に向かって左)には、『法華経』に登場する、仏法を守護する八大龍王の第一尊・難陀龍王(なんだ)が祀られています。難陀龍王は、第二尊の弟・跋難陀(ばつなんだ)龍王とともに、密教の雨乞いの法要の際に拝まれる尊像とされています。

難陀龍王はまた春日明神の化身とされています。

 

長谷寺本堂 本尊脇侍 難陀龍王立像 重要文化財 江戸時代 Photo by Miro Ito

 

龍神の道を往く:その二 室生寺

8世紀末になると、山部親王(後の桓武天皇)の病気平癒の祈祷が行われた、室生山(むろうさん・奈良県宇陀市)の「龍穴」の記録が見られます。室生寺は、この龍穴神社の神宮寺として建てられ、龍王寺と呼ばれた時期がありました。

 

室生龍穴神社 Photo by Miro Ito

 

室生山の清流や滝、岩や洞窟から、雷・豪雨などの自然現象の神性を象徴する古層の神は、平安時代前期以降、雨乞いの龍神信仰となっていきます。

室生龍穴神社の古来の祭神は「高龗神(たかおかみのかみ)」(『日本書紀』)であり、山峰の水をつかさどる蛇体の神でした。これが密教の伝来とともに、「善女龍王」に変貌を遂げていきました。

「善女龍王」は、雨乞いの祈祷がされる八大龍王の第三尊・沙掲羅龍王(しゃかつらりゅうおう)の三女に当たります。824年に、空海が平安京の神仙苑(しんせんえん)で祈雨修法をした際に、招いたといわれます。

室生寺には、平安京の朝廷から勅使が派遣されるようになり、「龍神の室生」として知られるようになりました。

 

室生寺 昇竜のライトアップ(撮影協力:室生寺)Photo by Miro Ito

 

室生寺の本尊は、空海が師の恵果から賜った宝珠を室生山中に埋めた伝説に因み、宝珠を持つ如意輪菩薩です。

室生寺は、長い間、興福寺の別院〜末寺でしたが、江戸時代に真言寺院となり、男性しか入山できなかった高野山に対して、女人の参拝が許されたことから、「女人高野」として知られるようになりました。

 

室生寺 本堂(灌頂堂)本尊 如意輪観音坐像 重要文化財 平安時代中期  Photo by Miro Ito

 

龍神の道を往く:その三 岡寺

日本の最初の都・飛鳥では、日本で初めて僧正となった義淵(ぎえん)により、地元の農民を苦しめた悪龍を池に封じ込めた伝説に因み。「龍蓋(りゅうがい)寺」が開かれました。

 

岡寺の龍蓋池 義淵僧正が悪龍を池に封じ込めた伝説に因む  Photo by Miro Ito

 

通称「岡寺」の名で知られ、天武天皇の第二皇子・草壁親王とともに育てられた義淵が、皇子亡き後、飛鳥の都を一望できる皇子宮(岡宮)の地に、およそ1300年前に建立したものです。

岡寺 本堂 本尊 如意輪観音坐像 重要文化財 奈良時代  Photo by Miro Ito

 

像高4.85mの本尊は、塑造の仏像としては国内最大の如意輪観音坐像です。奈良時代に造立された、密教(純密)伝来以前の、二臂で結跏趺坐を組む古い様式を伝えています。また類例の少ない天人文塼(もんせん)や、西域の香りの高い独自の葡萄唐草文の瓦が知られています。

岡寺 本堂 本尊 如意輪観音坐像 重要文化財 奈良時代   Photo by Miro Ito

 

 

義淵僧正は、日本の法相宗の開祖となり、弟子には行基、良弁、玄昉らが出ています。

岡寺は、悪龍の厄禍を取り除いて以来、「日本最初のやくよけ霊場」となりました。鎌倉時代の歴史物語『水鏡』には、二月の初午(はつうま)の日の厄除け詣が記されています。

 

龍神の道を往く:その四 安倍文殊院

安倍文殊院は、ヤマト王権の多くの大王たちの宮が置かれた磐余(奈良県桜井市)に、大化元年(645)に創建された、日本で最も古いお寺の一つです。

皇族氏族・阿部(安倍)一族の氏寺として、大化の改新で左大臣となった阿倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ・内麻呂)によって、開基されました。境内にあるその墓は、切石造りの精巧な横穴式石室を備え、古墳では数少ない「国特別史跡」に指定されています。

 

安倍文殊院西古墳 国特別史跡  飛鳥時代  Photo by Miro Ito

 

一族からは、遣唐使として唐に渡った阿部仲麻呂と陰陽師・安部晴明が出ています。「文殊の知恵」として知られることから、合格祈願やぼけ封じ、方位災難除け等の祈祷が行えます。

本尊の文殊菩薩騎獅像は、大仏師・快慶作の名作で、高さ約7mを誇る日本最大の大きさです。文殊菩薩を中心とした、中国の五台山(現在の山西省忻州市・きんしゅうし)の文殊信仰に基づく渡海文殊群像として、5つの像で構成され、五尊とも国宝に指定されています。安倍文殊院が東大寺の末寺であり、華厳宗の別格本山であったことから、13世紀に東大寺大仏修復事業の記念に、重源(ちょうげん)により造立されました。

中国の唐代の僧・湛然(天台宗)によると、文殊菩薩は本来、龍族の最高の王である「龍種上尊王仏(りゅうしゅじょうそんのうぶつ)」であったとされています(妙楽大師湛然著『法華文句』)。

 

安倍文殊院本堂 文殊お会式の祭壇 奥に見える文殊菩薩騎獅子像(中央)Photo by Miro Ito

 

境内の池に浮かぶ浮御堂には、蛇を使いとする弁財天が祀られています。8本の腕を持つ、八臂弁天(はっぴべんてん)として、真言密教に伝わる姿をしています。弁財天は、元はヒンドゥー教の女神・サラスヴァティーに由来し、河の化身とされ、龍蛇神崇拝に結びつく一方で、財をもたらす福徳神として信仰されています。

 

安倍文殊院浮御堂 弁財天を中央に、向かって左は安倍晴明像、右は阿倍仲麻呂像が祀られている Photo by Miro Ito

 

こうして大和における龍神信仰は、1400年近い歳月とともに、神仏習合の中で、密教の伝来や『法華経』の浸透によって、独自の変遷を遂げていきました。

日本のはじまりの聖地である磐余、泊瀬(初瀬)朝倉をはじめ、大和と伊勢を結ぶ宇陀路(うだじ)室生から飛鳥(明日香)をめぐる「大和四寺巡礼」は、1300年の神仏霊場であり、龍神と出合う祈りの道です。

辰(龍)年の本年、龍の昇天のように、世界の新たな局面に向けて、多くの物事が躍進する年にすべく「龍神の道」を訪ねて、ぜひ足をお運びください。

「奈良大和四寺巡礼の会」公式サイト:https://www.nara-yamato.com/

末筆ながら、撮影のご協力をいただいた奈良大和四寺巡礼の会(長谷寺・室生寺・岡寺・室生寺)に心から感謝申し上げます。

2024年6月吉日

 

MIRO ITO 伊藤みろ

メディアアートリーグ&本物の日本遺産イニシアティブ

(文責:伊藤みろ)

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※安倍文殊院本尊の文殊菩薩騎獅子像は、令和6年6月24日から令和8年まで尊像の免震工事および本堂の耐震工事のため、現在、獅子から降りた状態となり、間近に鑑賞いただける、稀有な機会が得られます。詳細は、以下をご参照ください。

https://www.abemonjuin.or.jp/news_2024_2025construction/

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